• 2013-01-11 22:05:18
  • 福岡市と福岡城と黒田官兵衛
明けましておめでとうございます!

思えばひと月に1回しか更新していないという、
テンジン大学学長の岩永です。
どうもすいません。


RIMG2847.JPG


この1ヵ月、いろいろありました!
まずは昨年12月の朝キャンパスでは、
ギンギラ太陽’sの大塚さんを先生に迎え、
天神の被り物大集合の授業でした★写真はそのときの1枚!


さらに12月30日に誕生日を迎え、無事31歳となり、
1月1日の元旦、2日には天神の初売り&警固神社へお詣り。
6日にはキャナルシティ劇場にて、ギンギラ太陽’sの劇を見に行きました!


題して
「スーパーマーケット三国志」


いやぁ、最高におもしろく、
この街福岡の歴史は繋がってるなぁと感動しました。



さてさて、
そんな今回の日記のテーマも「歴史」。


2014年の大河ドラマ、なんと!
黒田官兵衛になりましたねっ♪
どんなに待ちわびたことかっ!!


戦国時代の武将で一番好きだったので、
とても楽しみにしています。


それだけじゃありません。
福岡城は黒田家が築城、そしてこの福岡という地名も、
黒田家が持ってきたもの。


そんな福岡城ですが、
実は福岡市民150万人のうち、福岡城の存在を知らない、
という人もけっこうな数いるんですよね。


で、
とてもモッタイナイことを今から書きます。
2014年に大河ドラマで、福岡に縁の強い人物が主人公というのに!


▼福岡城の存在感が、うすい、というよりない

築城名人だった黒田官兵衛は、大坂城・名護屋城など数々の名城の
縄張りを担当していますが、福岡城築城を監修したと想像できます。
あの熊本城の加藤清正も、福岡城を見て

「俺の城は3・4日で落ちるけど、ここは30日あっても落とせない」

と言わしめたほどの、超難攻不落の城。
そんな福岡城は天守閣も残ってなければ、
いろんな櫓もほとんど残ってません。
正確には天守閣の存在の有無はいまだに議論中ですが、
石垣はそれはそれは見事なもので、当時のものが残ってます。


▼福岡市は、そんな石垣の横や上にテニスコートを作ってる

テニス愛好家の方、ごめんなさい。
でも、どうしても許せません(笑)
壮大な石垣をただの土台や壁として使ってるという、
黒田官兵衛もその子の長政も泣きますよホント。


▼福岡人が福岡の歴史にそんなに関心がない

いや、もしかしたら、「知る機会がない」だけかも。
福岡藩があった、黒田家が治めていた、ということすら、
あんまり知られてなかったり、関心がなかったり。
お隣熊本県はあんなに加藤清正が愛されているのに。


▼ネットにも図書館にもない歴史情報が埋もれている

これは、ここ近年、僕が福岡城周辺の「地域」を巡って、
いろんな古老の方々にお話を聞いたり、資料を見せてもらった結果、
わかったことです。

黒田家が残していた代々の文書は、
福岡大空襲のときにたいはんが焼けてしまったそうですが、
その残りをコツコツと解読しているグループもあります。
その平均年齢70代の方々の趣味のひとつとして、
グループが運営されています。
さて、ここで解読されたものはゆっくりと明文化され、
図書館とかに寄贈されていくみたいですが、
まだまだ未解読のものの方がはるかに多いです。


さらに~
福岡城周辺の校区の公民館に宝は眠ってます。

区役所の公民館担当の方すら把握していなくて、
(把握は仕組み上、無理だと思いました)
いわゆる現役引退した時間があって、地域に想いのある方々が、
その地域の歴史を、相当詳しく調べ上げていたりします。
その中心で動かれている方々は、主に60代後半。

お話を聞くと、
自分が聞いたおじいちゃん・おばあちゃんの話や、
家に代々伝わっている伝承、などもその情報に加えられています。

つまり、公式文書としては残ってないものの、
伝えられている歴史があります。

それがなぜネットや図書館に出てこないか。
表に出てこないか、そこに2つの障害があることもわかりました。


 「ネットを使わない」

 「みんなで調べてまとめた冊子は公民館外に出ることがない」


ということです。
いくつかの校区の冊子を見せてもらいましたが、
それはそれは、絶対にネットで検索しても出てこない情報・歴史!!


やっぱり生きた情報は足を使わないといけないってことですね(笑)


いやいや、
それよりも、困ったなぁと思ったのは、
その冊子が「コピー禁止」とか書いてあったりします。


つまり、
自分たちで調べ上げてまとめたものなので、
簡単に利用されたくない、ということだったり、
許可をとってない個人の写真やコメントや名前が入っていたりして、
ほとんどが門外不出になっているという事実です。


これらを丁寧に丁寧に取材し、
繋ぎ合わせれば、いかに福岡城が難攻不落だったか、
すぐにわかりました。


ホント、
福岡城の縄張りをした人、その人を部下に持つ、
黒田官兵衛、のちの如水と、長政はすごいです。


そんな天下の名城があった福岡。
その上に巨大な150万都市を築いてしまい、
埋もれてしまっています。


最後に、もっともモッタイナイことはコレ!!


▼公園の名前が2つある

名古屋には「名古屋城公園」があります。
大坂には「大阪城公園」があります。
駅はその名前になってたり、鉄道の路線の名前になってたり。

福岡は、
舞鶴公園と大濠公園。

しかも圧倒的に大濠公園の知名度が高い。


なぜ、2つの公園を合わせて、
「福岡城公園」にしなかったのか。


これには大人のしがらみってやつでしょうか。
舞鶴公園は福岡市所有、大濠公園は福岡県所有。


そんなこと、
市民にとってはどうでもいい。
それより、福岡城の認知度が現在いまの状態であること、
どれだけマイナスか!!


博多にあるお寺、太宰府の天満宮と、
福岡城跡がしっかり認知されていれば、
もっと観光にお金かけなくても観光客は今より増えていたし、
経済効果ももっともっとあったでしょうに。


観光政策にお金使ってばっかり!
という人もいますが、その街が潤うには2つしかありません。

輸出か観光です。
お金かけるより、行政間の調整を上手にやって、
「福岡城公園」が早く誕生して欲しい!!


駅名もバス停名も、
そして市民の意識も変わるでしょう。



そういえば、
去年も「福岡城公園」にすればいい!
って日記書いてたなぁ・・・。


ということで、
個人的に動けることは動いていきたいと思います♪


今年もどうぞよろしくお願いします★




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